43.ネコの飼い方論争(証人尋問その7)




今度は私が証人席です。
しかし本人訴訟というのはこれがちょっと不利ですね。
私自身を私が尋問することはできないのですから。
まあ、かわりに裁判官が尋問してくれるのですが、原告側弁護士が原告本人を尋問するのとは違いますよね。ひたすら相手側の弁護士に尋問されるだけ・・・・ちょっと空しい。
弁護士がいきなり初手からいきり立って(フリをして?)私をなじります。
「あなたねえ、約束破ってネコ飼ってた訳でしょ。それで文句付けるのおかしいでしょう、普通。ただの身勝手でしょう」
まったく論理も筋道もない質問ですが、感情的になってはいけません。思うつぼです。挑発なのですから。
口の端に笑みでも浮かべながらこう答えましょう。
「ええ、それは私の訴状にも書きましたように、約束を破ったことはこちらの落ち度です。
でも、それによって部屋を汚したわけでもないのですから、大家さんに多額の金品を請求されるいわれは私にはないわけです。ですからこうして裁判を起こしたんですね。そうでしょう?」
こうしたやりとりが(あまり意味のない)少し続いた後、弁護士はやわら書類を取り出しました。
そう、あの、なんのつもりか訳が分からなかった「ネコの飼い方・ネコなんでも相談室」のコピーです。そうか、ここで登場するんだ!
弁護士が裁判長に叫びます。
「裁判長、乙第一四号証です。ここにこんな記述があります。『ネコのいる家の匂いはそのほとんどがトイレの匂いです。でもその匂いは住人には意外にわからないものです』あなたがわからないって言ってもね、匂いがした訳なんでしょう、ほら」
後半のセリフは私に向けられたものです。
私は応えます。
「あの、その同じページの前の章にに『(トイレを)こまめに取り除いておけば、匂いもほとんど防ぐことができる』ってありますけど」
「だから?」
「だから、ウチではそうしてたって、ずっと言ってますよね。ここにもそうしてれば匂いは防げるって、書いてある・・・」
「それから、その四ページ後を見てください」
おいおい、人の話聞けよ。
「ここにはこうあります。『本能的に備わっている習性は、しつけでは変えることができません』。あのね、あなたがいくら言っても、本能というのは変えられないの。ちゃんと書いてある。どうしようもない部分なの、こういうのは、だから部屋が汚れる。でしょう」
ページに目を落とすと、なんとそこは、トイレでも爪とぎでもなく、「お行儀よく食べられるようにしつけられますか?」というページでした。
「あなたが今言ってる部分は、『ネコの食事の仕方』の所ですよ。トイレでも爪研ぎでもない。ネコは食べ物をこぼしやすいのはなぜか、という項目ですよ、ここは。トイレや爪とぎはしつけで変えられるって、あなたのこの本にも書いてあるでしょう」
「でもねえ、本能は変えられないの、本能はね。ちゃんと書いてあるの、ここに」
「だから、ちゃんとしつけてあるって言っているじゃないですか」
「でもそれは本能でしょう、排便だって。それともそれをしつけてなかったのあなたは、そうなの」
この人はこんな理解不能なことをわざと言っているのでしょうか。それとも天然なのでしょうか。こちらが混乱してきそうです。
私は子どもを諭すようにゆっくりと話しました。
「弁護士さんの言っていることがわからないんですよね。いいですか、この本に書いてあることは、動物には矯正できる部分とそうでない部分があって、トイレや爪とぎの躾をしっかりしていないとまわりに迷惑をかけることになると言う当然のことですね。そしてたとえば食事の仕方なんかはどんなに教えても無理だと。そういうことが書いてあると思います。で、それで私に何を聞きたいんですか」
いつの間にか汗をかきながら説明していました。でも弁護士の次の一言は。
「動物は本能なの、そしてそれは変えられないの」
「ここにはそんなことは書いてないと思いますし、私が飼育しているネコはしつけられていると思っていますか」
「そうですか、ふーん」
これが裁判なんですね。いや、異論のある弁護士さんもきっといるとは思いますが。彼は目先を変えた効果的な質問を考えたのでしょうけど、私ならもっと別の作戦を考えます。
だって、引用がめちゃくちゃなことは、手元の本のコピーを読めばわかることですし。
「ネコの飼い方」の都合のいいところだけ引用しても、結局は「ネコの飼い方」なんですから、その結論が「動物は本能のままに生きている」ことにはならないくらい考えればわかりそうなもののなのに。
私なら、徹底的に「あなたはどういうふうにネコをしつけたのか」を具体的に根ほり葉ほり聞きますね。説明に少しでも矛盾があったり、ごまかしたりしたら、「本当にしつけたんですかあ?」とやる。勿論このためには、質問する方もネコの躾方を勉強してなきゃなりませんけれども。
なんてことを考えていたら、本当にそういう質問がきました。
でも弁護士からではありません。裁判官達からです。
「たとえばあなたがしつけたというトイレね、あなたの書面にも書いてあったけど、どういうふうにネコがトイレを覚えたのか、説明してください」
「ネコの爪とぎはどういうふうにやってたの」
「トイレの掃除の仕方は?」
「トイレの砂の処理はどういうふうになってるの?」
私はこれらの裁判官達からの質問に一つ一つ、可能な限り具体的にありのままに答えていきました。妻の仕事になっている部分は、「それは妻がやっているので、私が見た限りでは・・・な具合です」というふうに。
そして最後に裁判長が私に訊きました。
「あなた、ペットを飼ってはいけないと言う部屋でネコを飼ったことは、どう思っていますか」
私は少し迷いましたが、証人席の真正面に座っている裁判長を見上げて答えました。
「何度も申し上げますが、そのことについては、大変申し訳なかったと思っております。部屋を汚さないよう最大限の注意を払ったとは思いますが、それとはまた別の意味で、ルールにもとるという意味で、反省しなければなりません」
裁判長が軽く頷きました。
少し、胸のつかえがとれた気がしました。

(続く)