42.弁護士の知性(証人尋問その6)


さて、それから二ヶ月後。
いよいよ今度は私の側の証人尋問です。
私の方といえばあっさりしていて、私自身と、引っ越しの一ヶ月前、私の部屋を訪れた知人の二人だけです。
今回も、裁判官たちの前、証人席の後ろに私とその知人・Mさんが並んで宣誓書を読み上げます。
やってみるとこれがなかなか恥ずかしい。
そして尋問。まずは、Mさんからです。

Mさんも証人席に立つのはもちろん初めて。前日東京から熊本入りしたMさんは私たちと同じホテルをとってもらい、久々に夕食を共にしました。
と書くと、いかにも念入りに打ち合わせをしたようですが、実はほとんど打ち合わせなし。
裁判の朝、逆に心配したMさんが、打ち合わせでもしましょうかと私たちの・・Mさんが来るということで今回は妻も一緒だったのですが・・部屋を尋ねに来たくらいです。
 まあ、本音を言えば理想的な証言をしてもらうような仕込みをしたいな、とも思ったのです。
しかし、こんな私にもささやかなプライドがあります。
わざわざ仕事を休んでもらって熊本まで来ていただいたのは、Mさんの「本当のことだから、なんでも話しますよ」というお言葉に甘えてお願いしたわけです。
それを「こういう具合に」「ああいう具合に」なんていちいち注文や演出を付けるのはMさんに失礼というものですし、やはり私としては「真実を明らかにしたい」という裁判を起こした趣旨とは離れてくるわけです。
そのままMさんが当時感じたことをありのままに話してもらおうと思いました。

法廷では攻守所を変えて今度は私が先に質問に立ちます。
まず、私との関係、そして、当時私の部屋に一晩泊まることになった理由を話してもらい、裁判官に状況を理解してもらいます。その上で、当時の部屋の様子を述べてもらいました。
・・・・・・・目を皿のようにして調べたわけではないけれど、別に部屋が傷だらけだとか、匂いが鼻についたとか、一切変わった様子はない、つまりごく普通のマンションの部屋であるということでした。
ちなみにネコはいたけれど、暴れるわけでもなく、どちらかというとボーとしたネコだった・・等々。

そして今度は大家の弁護士の質問です。
実は今、この先を書くことに私はためらいを感じています。改めてまたあの弁護士の言葉をここに書き記すことに強い嫌悪を感じているからです。
それはMさんに対して失礼を重ねることになるのではないか、と思いますが、しかし一方でこの連載の趣旨から考えると書かないわけにはいきません。
まず弁護士はMさんが水俣病患者の支援をする仕事を離れて関東に帰った理由を尋ねました。これは簡単なことですが、よけいなことでもあります。Mさんの親が急病になり、急遽帰郷することになったという裁判とはなんの関係もないことだからです。
さてそこで弁護士は、Mさんの現在の仕事を尋ねました。
Mさんは答えます。
「市役所の委託を受けてゴミの収集をしていますが」
途端、弁護士は目を見開き、「ほう」と一つ相づちを打つと、Mさんの顔をのぞき込んでいいました。
「ゴミの、収集ですか」
そして、ちょっと考える風に間をおいて言ったのです。
「じゃあ、ずいぶん匂いがするでしょう。慣れましたか」

日本では尊敬の対象となっている弁護士という職業は、アメリカでは様々な意味で揶揄され、敬遠されているとも言います。
日本でそうならないことを祈るだけですが、しかし私は今も、自分のささやかな裁判に他人を巻き込んでしまったこと、このことに対しては後悔の念を禁じ得ません。
弁護士に対する「軽い」失望とともに。

(続く)