38.どんなに上手に「隠し」ても(証人尋問その2)


再尋問を始めた弁護士は最初、部屋は臭っていたんだろ、傷ついていたんだろ、と剣呑な口調で遮二無二管理人を責め立てていましたが、不思議なことに管理人は自分の意見を変えようとしません。
「特に・・・臭いはなかったですよ・・・」
「うーん、そう言われても・・・」
煮え切らない態度は相変わらずですが、反面、意固地になっている様にも見えます。
控訴人席の大家をみると、「話が違う」とでも言いたげな形相で管理人を睨み付けています。
業を煮やした弁護士は質問の矛先を変えました。
「さっきは臭ったといったでしょ、どうして話が変わるの」
「よく覚えていないんでしょ」
「記憶が曖昧なんですね」
なるほど。この証人には信用性がない、という事にしたいわけですな。
しかし、私の証人ならともかく、自分が連れてきた証人であると言うことをこの人、まさか忘れているわけではあるまいな。
私がプロの弁護士ならここで
「異議あり!」
なあんて見得を切ってみるところでしょうが、ホントにやると裁判官をしらけさせそうなのでやめときました。

第二ラウンド。

次の証人は、内装業者。
年の頃は五十前、頭がやや薄くなって、代わりに脂が少し浮いている感じの、まあ、描写するには物足りないタイプのよくいるおやじさん、であります。
弁護士に聞かれるままに、部屋に入ったら臭いがしただの、汚れていただのと繰り返します。
で、結論としては「改装する必要があったことは、改装業たるプロの目からしても当然であった」ということを述べました。
そして、
「動物を飼っていたと思います」とも発言。
弁護士「どうしてそう思うんですか」
おっさん「毛がありました」
弁護士「どこにですか、この図(部屋の見取り)で説明してください」
おっさん「こことここです」

そして私の尋問。

はじめは、
「本当に臭いがしたんですか」
などと訊いていたんですが、
「しました!」
とこちらは先の管理人とは違い、精一杯自分の責務(?)を果たそうとしていたので、これはらちがあかないな、と思って質問の仕方を変えてみました。 「あの、毛があったそうですが、それ、どれくらいあったんですか」
「・・・・」
「どれくらい?」
「二本です」
「え?」
「二本」
「さっき、二カ所にあったって」
「ええ、一本ずつ・・・」
「そうですか」

次の質問。

「あなたが工事の下見に初めて部屋に入った時、臭いがしたということですね」
「そうです」
「先ほど管理人さんは、部屋の明け渡しの時臭いがなかったと言いましたね。聞いていたでしょう」
「はい」
「ということは、私が部屋を明け渡してからあなたが部屋に入る二週間ほどの間に臭いがするようになったと言うことですね」
「そういうことになりますね」
「不思議ですね」
「そうですね」
「どうして誰もいない部屋に臭いがするようになったんでしょうね」
「それは・・・わかりません」
「でも、あなたは確かに臭いを感じた、と。それは間違いないんでしょう」
「ええ、そうです。それは間違いないです」
私はおっさんの目を見つめました。向こうもこちらの目を見ています。
「ひどい臭いだった、と」
おっさんは少し考えるように間をおいて、口を開きました。
「ひどい臭い、だったかどうかは、その、はっきり覚えとるわけじゃなかですが」
「だってあなたさっきそう言ってたでしょう」と私。
「いや、それは、工事をしないと臭いがとれないと思ったということで・・」

大家に対する下請けとしての忠誠と、自分の会社を偽証から守るという二つの保身の間を揺れ動いているおっさんの苦労が伝わります。
心なしか額の脂がぎらついてきたようです。

そして最後に質問。
「あなたはいつもこのマンションの内装工事を請け負っているんですか」
「いつもっていうか、三年ほど前くらいからです」
「これまで何回くらい工事をしましたか」
「何回っていわれても、いますぐにはなんとも」
「つまり、マンションの住人が出ていくときはその度にあなたのところで工事をしているということですか」
「そうです」
「どんな工事を?」
「クロスとか床とかそういうことを。さっきから言ってるでしょ」
「動物も飼っていないのに、ですか」
おっさん、ここにいたってようやくこちらの質問の意図が飲み込めてきたようです。
「いや、あの。まあその状況にあった工事をですね」
「その金は賃借人が負担していたんですか」
「そんなの知りません。大家さんから指示のあったところを直すだけが仕事です」
「あなたさっき、どこをどう直すか自分で決めて大家に言ったと話したでしょう。大家がその金を負担するなら、それをそのままはいそうですかと鵜呑みにしないでしょ。当然大家の方からは「ここは必要ない」とか、そう言う指示がくるはずですよね。それがないと言うことは、内装の費用はすべて賃借人が負担していたとあなただって当然それくらい気づくものでしょう」
「わかりません」

これでこの証人への尋問が終わるかと思っていたら、裁判長の右に座っている裁判官から質問が飛んできました。
この質問が実に鋭い。
「あなた、天井や壁のクロスが臭いがとれそうにもないから改装したといいましが、素材は何ですか」
「ビニールです」
「ビニールの下はなんですか」
「コンクリです」
「臭いというのは臭いの元となる物質が付着するから臭うものですよね。普通に考えて、ビニールについた汚れが拭いても取れないと言うことはないんじゃないですか」
みるみるおっさんの顔に皺が寄っていきます。
「まあ、その、とれないから張り替えたわけで・・・」
今度は裁判長が割り込みます。
「あのね、今いい洗剤とかいろいろ出てるんでしょ。仮にね、もしも臭いがあったとしてもね、そういうの使えばビニールの汚れくらい取れるんじゃないの。下はコンクリだっていうし」

おおお、裁判官は味方なの?

すごすごと証人ナンバー2は退場。
そしてこの後登場した三人目の証人が、この収拾のつかない法廷をついに神聖喜劇へと(真性喜劇とも言う)叩き落としてくれるのです。

(続く)