37.ペリー・メイスンとはいかなくても(証人尋問その1)


裁判、といえばやっぱり証人尋問ですよね。
小説、映画といろんなジャンルがありますが、皆様のお気に入りはなんでしょう。
裁判ものというと私は「評決」ですね。
ご存じありませんか。
もう15年くらい前の映画になってしまいましたが、社会派の巨匠シドニー・ルメット監督の医療過誤をテーマにした作品です。ポール・ニューマンが三流のアル中弁護士を演じ切りました。馴染みのバーの片隅で、ウィスキーを割ったビールジョッキを片手にピンボールに向かって落ちぶれた自分を慰める姿が印象的でした。
ロードショウの時私は高校生で、正義の実現に自分の再起を賭けるニューマンの姿に単純に感動したものですが、まさか自分が法廷に立つとは、人生とは予想のつかないものでございます。
この映画では、敵となる大病院の顧問弁護士は(これがなんとペリーメイスンにそっくり!)、入念な打ち合わせの元に次々と完璧な証人を繰り出します。
序盤戦、哀れなアル中ニューマンは、相手の鉄壁な弁護の前に脆くも打ち砕かれるわけです。
しかし、私はそんな悠長なことを言ってはいられません。
序盤戦も何も、大家側と私側とそれぞれ一回切りのサドンデスなんですから。

大家側の証人尋問の日、やっぱりなかなか緊張するものです。
「証人、あなたのその一言で彼は生死が決まるのですよ」
って、ついつい刑事裁判のシーンが頭に浮かぶのは素人の悲しさでしょうか。
それはともかく、裁判官たちが席に着き、証人尋問が開始されました。

はじめに大家側の証人3人と、大家本人が証人席に横一列に並ばせられ、全員に宣誓書が配られます。
全員が声を合わせて朗読。
声がうわずっている証人もいて、調子が合いません。
うーん、申し訳ないけど結構笑えます。張りつめた精神がふっとほどけます。
ひょっとしたらそのための儀式かも、なんて思ってしまいました。
そのあと、大家側の弁護士が「尋問のために」といって、部屋の見取り図を裁判官たちと私に配りました。

第一ラウンド。
一人目の証人は、管理人のおばさんです。

大家側の弁護士が、入居契約を結んだときのことから、順を追って質問していきます。
おや、「出ていくときは二人そろって出ていく」というでっち上げの念書ののことは、なぜか持ち出しません。
「DAIは犬を飼っていたか」という質問には、
「そう言う指摘を大家から受けて調べたが、逆にDAIから怒られた」という答え。
事前に打ち合わせたにしては、素直です。
そして尋問は勘所、部屋を明け渡すときの状況になりました。
弁護士が聞きます。
「部屋の明け渡し、つまり鍵の受け渡しはどこで行いましたか」
「部屋に入ってすぐの所です」
「では部屋の様子はあまり見ていなかったのですか」
「えーと、うーん、どうかしらねえ」
「部屋の様子はどうでしたか」
「どうって、まあ、普通」
一気に弁護士の機嫌が悪くなり、口調が強くなりました。
「よく思い出して。悪臭がするとか、そう言う状況だったんでしょ」
言われて管理人、はっと思い出したように話を合わせます。
「えーと。ああ、そうそう、そうでしたね。えーと、臭いが、臭いがしたような気がします」
ところがほっとした弁護士がどんな臭いだったかたたみかけると、
「えーと、ちょっと、あの、わかりませんねえ」
「それは動物の尿とか、そういう悪臭だったんでしょ」
「動物ですか、うーん、それは、あの」
「違うんですか」
「そうですねえ、うーん・・・・・」
ここで裁判長が割り込んできました。
「聞こえません。もっと大きい声で、はっきりと言ってください」
かわいそうに、これで管理人のおばさんはすくみ上がってしまいました。
「えー、私、あの、わかりません」
気の毒に泣きそうです。しかし弁護士は追求をゆるめません。裁判長から聞かれたせいもあるのか、刑事ドラマの取り調べのような声で尋問します。
「わからないことはないでしょう!。大事なことを聞いていいるんだよ、ちゃんと答えて!!!」
これではどっちの証人を尋問しているんだか。管理人は怯えきっているせいか、関係ないことを話し始めました。
「DAIさんの奥さんから鍵を渡されてですね、そのとき私は敷金のことは後で連絡させてもらうからと言って、それでその場は・・・」
「そんなことを聞いているんじゃないんだ!!」
弁護士が怒鳴りました。
開廷数十分にして、怒濤の法廷です。
うーん、裁判シーンはこうじゃなきゃ。
結局弁護士は方針転換です。
「ま、あなたは明け渡しの時は部屋の入り口に入っただけで、よく状況は見ていないんですね」
「はあ、そうですねえ」
この後弁護士は、大家が管理人を通じて請求書を送ったことを確認、尋問を終わりました。
裁判長が私を向きます。
「あ、DAIさん、あなた、質問しますか」
ま、これは私が本人訴訟ですから気を遣ってくれたのでしょうけど、こんな機会を逃すほどバカではありません。質問しますと言いながら立ち上がりました。
最初はスローに、本丸以外の所から、そう、犬を飼っていたという濡れ衣の一件をじんわりと、丁寧な言葉使いで尋ね、「他の入居者から犬の声がした等というクレームはなかった」「DAIの説明で管理人としては納得していた」などという証言を引き出しました。

笑顔を浮かべて私は尋ねました。
「先ほどあなたは、部屋の明け渡しの時に入り口で応対したと言いましたね。ここに弁護士さんがさっき出した部屋の見取りがあります。
あなたが私たちと応対した場所はどこだか、この図を使って説明してくれますか」
相手が出した見取りには、ご丁寧に部屋ごとにアルファベットがふっています。
「何番の部屋ですか」
彼女はためらいなく答えました。
「Eです」
瞬間、裁判長が口を挟みました。
「それは、この図面の、このEというところですか」
私は裁判長の所へ言って、図面を指さしました。向こうの弁護士も来ています。
指し示されたEの部屋は、ダイニングのど真ん中、部屋の最中心部の12畳のフローリングです。
ここからはキッチンも寝室もベランダも廊下も見渡せます。
席に戻った私は続けました。
「ここからだと、部屋のほとんどの様子がわかりますね」
「そうですね」
「それから私の記憶では、この部屋から見渡せない唯一の部屋、このBの洋間にも部屋に入って様子を確かめましたね」
「はい」
「わかりました。さて、あなたはさきほど、引き渡しの時に部屋に臭いはなかったと言いましたね」
さっき彼女は結局、臭いはなかったともあったともとれる曖昧な証言に終始したので、ダメ元でこのような言い方をしてみました。
すると彼女は、
「はい」と答えるではないですか。
おお、と内心雀躍しつつ、もう一度聞きました。
「部屋に臭いはありませんでしたね」
「ええ、その、まあ、なかったと思います」
「あなたがすべての部屋を見た限りで、汚れや傷はありましたか」
「うーん、クロスの一部が剥がれていたことくらいだと・・・」
これはこちらが大家の無責任な所として訴状に書いていることです。
「他には」
「えーと」
ここでまた裁判長が訊きます。
「はっきり答えて、大切な話なんですよ」
「えーと、なかったような・・・・」
「終わります」
私が着席するなり、向こうに座った弁護士が立ち上がりました。
「裁判長、再尋問をお願いします」

あらあら、素人相手に再尋問ですか。

(続く)