19.第二回弁論
〜和解って一体何?(その1)〜



最初の弁論からおよそ一カ月後。
第二回弁論です。
前回と同じように私は原告席に座っています。
司法委員のおじいちゃんも裁判官席の隣に、書記官の女性も自席についています。
時刻は開廷時刻の午後一時半をすでに回っています。
そう、いないのは被告の大家だけ。
前回裁判中に勝手に帰った大家は、今回は遅刻のようです。
やってくれます。
(この辺、怒りを抑えたハードボイルド的文章のつもりなのですが、わかって頂けます?)
裁判官は関係者が全員そろわないと姿を現しません。
十分が過ぎた頃、事務員を書記官が呼んで耳打ちする話がこちらにも聞こえてきます。
「連絡はありませんか?」
「はい」
「電話してくれませんか」
「わかりました」
事務員が法廷の裏の扉を開けて姿を消しました。
書記官が私に話しかけます。
「被告が遅れているようですので、少しお待ち下さい」私は努めて笑顔を返します。
事務員が戻って、再び書記官と耳打ちを交わします。
「電話に出ないんです」
「そう」
その時、傍聴席側の扉が開いて、裁判所の職員らしき若い男が小走りで書記官の方へ駆け寄りました。
再び耳打ち。今度はよく聞き取れません。
すると書記官が先ほどの事務員に耳打ち。今度は事務官が、何事が告げに来た職員と一緒に法廷を出て行きます。
不思議そうに眺めていた私に、書記官が説明します。
「被告は代理人が出席するそうです。代理人の手続きを今からしますので、もう少しお待ち下さい」
大家は弁護士でも雇ったのだろうかと私は思いましたが、五分後、事務員に急かされてあわただしく入ってきた男は弁護士ではありませんでした。
痺れを切らしたように入廷した裁判官が彼に尋ねます。「被告の代理人という事だけど、あなたは?」
「被告経営の会社の社員です」
地方裁判所以上では、代理人は弁護士しか認められません。しかし簡易裁判所では代理人の届を出せば、基本的に誰でも代理人になることができます。
前前回書いた金貸しの社員も、被告である高利貸し会社の代理人なわけですね。
で、今回大家は自分とこの社員を出してきたというわけです。
ですからこれを読んで「自分も簡裁で裁判を起こそうかな」と思ってらっしゃる方も、忙しいときには身内などを代わりに出廷させてもいいのですが、一つアドバイスを。
代理人の届は、基本的に裁判の前日までに裁判所に行っておくべきものです。
この大家のように当日、しかも開廷時間が過ぎて申請しても受け付けられないということはないでしょうが、非常識ですのでやらないほうが良いと思います。裁判がたて込んでいる東京の簡裁なんかだと怒られますよ、きっと。
さて、前回は法廷から勝手に帰られ、今回は遅刻された挙句に代理人を寄越された裁判官としては面白くないのでしょう、更に代理人に尋ねました。
「被告はどんな会社を経営しているの?」
しかしこれは当然の質問です。
なぜなら大家は前回司法委員に
「私は何も知らない人間です。虎の子のお金でマンションを建ててそれを運用してもらっているだけで、なにもわかりません。こんな裁判なんて呼ばれて困ってます」
と言ったそうですから。
しかし、突然裁判に行けと言われたらしく、額の汗を拭いている代理人のおっさんは、正直に言いました。
「有限会社@@です」
「それはどんな会社なの」
「不動産の運営、管理です」
「被告はそこで何を?」
「社長です」
「あなたは?」
「社員です」
どっっっっっこが「虎の子のお金で」「運用してもらってるだけ」なんだよ。
心なしか裁判官も呆れ顔で代理人を見ているようです。知らぬはまさかそんな大嘘を社長がついていたとは知らないこの社員でしょう。少し可哀想になりました。
きっと苦労してるんでしょうね。
さて、大幅に遅れて始まった弁論。まず裁判官が前回の続きとして代理人に和解をする気はないか、改めて確認しました。もちろん被告にそんな気は毛頭ないのは前回でわかっていますが、確認を取らなければなりません。するとその中年のおっさん、
「はあ。できれば和解でと思っているんです」
一瞬裁判官が怯みました。
「どういうこと」
「あの、私としてはですね、あちらさんも(私のことを手の甲で指して)大変でしょうし、できれば和解で住ませた方がいいんじゃなかと思っておりまして」
「ええとね、とりあえず司法委員が話を聞きますので、いったん休廷します。原告はすみませんが待っていてください」
というわけで私はまた廊下で煙草を吸う羽目に。
裁判と言うのは廊下で待つ時間の方が長いようです。
十分ほどで法廷に呼び戻されました。
司法委員から話を聞いたらしい裁判官が私に言います。「とりあえずね、被告の方は敷金で相殺、つまりあなたは敷金をあきらめて、被告の方はそれ以外をあきらめるということでどうかというのですが、どうですか」
どうですかも何も、こちらは前回それなら仕方ないですねといっています。
別にかまいませんよ、と言おうとしたその時でした。
「いや、あの、必ずしもそういうことではなかとです」またもや代理人です。
裁判官が振り向きました。
「どういうことですか。あなたがそれでいいといったんでしょう」
「ええ、あの、そうなんですが、社長の了承を取り付けたわけではないので」
「和解でいいと言ったのはあなたでしょう」
「それはそうなんですが、社長がですね」
代理人は一所懸命汗をぬぐっています。
「あのですね、あなたは代理人としてここへ来ているんです。被告に関するすべての権限があなたにあるんです。ここでは社長がどうこうとか、そういうことは関係ないんです!代理人でしょう、あなた」
出ました、マジ切れ裁判官の本領発揮。迫力満点です。代理人のおっさんは気の毒に視線がさまよっています。そこへ裁判官が追い討ち。
「あなた、裁判は初めて?」
「いえあの、調停を抱えています」
おいおい、うちの他にもあるんかい。
そりゃあるだろーな。
「だったらわかるでしょう、あなたが代理人なのだからあなたが決めることです」
「・・・・・・・・・」
沈黙の法廷。
裁判官が見かねたように再び口を開きます。
「あのね、じゃ、被告に電話して、相談しなさい」
「今ですか?」
「携帯電話くらい、持っているでしょ!」
裁判官の剣幕が怖かったのか、単に動転したのか、それともアホなのか、彼はいきなり背広のうちポケットから携帯を取り出し、被告席から掛けようとしました。
「廊下に出てください!」
・・・・・・・やれやれ、これじゃ吉本だよ。
数分後戻ってきた彼によると、「社長がつかまらない」とのこと。
裁判官は壇上で両手を組みました。
「DAIさん、あなたは今日徳島へ戻るのですか」
「いえ、もう戻る飛行機がないので、きょうはこちらに泊まる予定ですが」
「そうですか。でしたら一つ提案ですが。
被告の代理人は和解で決めたいといっています。きょうその線で確認が取れれば、次回で決着と言うことにもなります。わざわざ徳島から来るのも大変でしょうから、今日時間があるのなら、裁判所の方からご連絡しますから、被告と連絡が取れるのを待って頂いていいですか。被告と連絡が取れて、意思の確認ができれば、また今日中に話し合いをすることにしたいのですが」
「そういうことですから被告代理人、早急に被告と連絡をつけて、裁判所に、書記官に電話で構わないから連絡をしてください」
ということで閉廷になってしまいました。
私は携帯の番号を書記官に教えたので、「裁判所の近くならどこにいてもいい」と言われたのですが、やはり落ち着かないのでホテルへ帰ることにしました。
で、和解で終わるのかって?
んな訳はないでしょう、やっぱり。
・・・・・・ああ。
(続く)