20.第二回弁論 〜和解って一体何?(その2)〜
熊本滞在時の私のお気に入りの宿は、芸能人御用達・熊本一の老舗ホテル「熊本ホテルキャッスル」シングル一泊1万5千〜、ではなく、その裏通りにある「ホテルオークス」。
裏通りといっても、大きな楠並木の(だから「オークス」!)落ち着いた通り。
部屋も広くて、調度類もゴージャスではないですが、なかなか落ち着ける籐家具で統一、フロントも親切、チェックアウトは正午、それで料金は割引で七千円ちょっと(一回泊まると次から割り引きチケットがついてくる)。更に言えば、裁判所まで歩いて十分。
というわけで、その一室に私は戻り、ソファに腰を下ろして大きな窓越しの楠のこずえを眺めていたわけです。
テーブルに置いた携帯は、鳴りません。
いつしかうとうとしてしまいました。
はっと目を覚まして時計を見ると午後五時。
裁判所と言えば時間に厳格。
土曜日曜はもちろんのこと、盆と正月はしっかり二週間の休みを取り、裁判が昼休みにかかりそうになろうものなら即刻弁護人を叱り飛ばして休廷してしまうというところです。
五時を過ぎたということは・・・・・どういうこと?
その時、携帯が鳴りました。
「はい、DAIです」
弾かれた様に電話に出た私の声は少し寝惚けています。
簡裁の書記官でした。
「お待たせして申し訳ありません。被告本人と連絡が取れたのですが、少し話が込み入っておりまして、現在、話し合いを続けているところです。またご連絡しますので、もうしばらくお待ちになって頂けますか」
・・・・・・・・よく事情がわかりません。しかしここで「はい」以外の返答があるでしょうか。
それから二〇分後。再び書記官からです。声がややかすれ気味でした。かなり疲労している声です。
「あのですね、こういうことを申しますと、お気を悪くされるかもしれないのですが・・・・」
「何でしょう」
「裁判所としては、話し合いで進めたいということで、被告のほうとこれまで電話で話していたわけですが・・・」
何やら言いにくそうです。おとなしそうな女性書記官の顔が目に浮かんできます。
しかし次のひとことはまったく意表を突きました。
「あのですね、向こうとしては、DAIさんが謝罪文を書けば和解でも良いといっているのですが」
「謝罪文?何のことですか?ああ、猫のことですか」
「いえあの。DAIさんが被告に暴言を吐かれたと。それで深く傷ついたと言うので、謝罪文を」
「私がなんと言ったと言うんです?」
「さあ、それは。まあ、それで謝罪文を書けばということなんですが。もちろんDAIさんもおっしゃりたいことはおありでしょうけど、ここは和解の話し合いと言うことで・・・」
私は一つ息を吸って、言いました。
「私が被告と直接話したことは一回しかありません。その時は、訴状にも書いていますように、いきなり何十万という請求書が送られてきて、びっくりして管理人に電話したら大家に電話するよう言われたときです」
「はい」
「その時、電話口でさんざん訳のわからないことを言われたので、以降は手紙にしたわけです」
「はい」
「それが、証拠に付しています、内容証明です」
「はい、ありますね」
「それだけです」
「それだけっていいますと」
「ですから、私が大家に接触したのは以上です。@@さん(書記官の名前)が私が出した内容証明をごらんになって、謝罪しなければならないような内容だとお感じになったのなら、そうおっしゃってください。その時は私も謝罪文を書いて和解に応じます。あれはそんなに異常な内容ですか」
「・・・・あの、ちょっと待ってください。・・・・・・そうですね。その、私からはなんとも申し上げられませんが、とにかく私ももう一度確認したいことがあります。もう一度被告に電話してみますので、待っていてください」
このときすでに五時四〇分。
裁判所でも(対外的に)残業することがあるんだなあ、と思ってしまいました。
そして今度は午後六時前。
前より更に疲れ切った声が聞こえてきました。
「どうもお待たせしてすみません」
心なしか憤然とした口調です。
「和解は不調と言うことで、次回弁論に入りたいと思います。出す証拠があれば準備しておいてください。次回期日は@月@日でいいですか」
「はい」
「きょうは長い間待って頂いて、本当に申し訳ありません」
「いえいえ、とんでもない」
どうも裁判所と言うところは、思っていたほど高飛車なところではないようです。
それにしても、よくわからない一日・・・。
教訓:「和解で決着」はかえって面倒。
(続く)