28.控訴審とは言うものの(第一回弁論その1)


というわけで控訴審です。
でも裁判所は同じ建物の中。
廷内に入っていくと、今度は座る場所が左右逆になりました。
つまり裁判は「訴えるほうが裁判長に向かって左」「訴えられるほうが右」ですから、控訴された私は今度は右側になるわけですね。
ちなみにこれは刑事事件でも同じで、テレビのニュースなんかでも、検察官は「訴える方」ですから左側に座ってるわけです。
一審の時にはいつも遅刻してきた大家側ですが、今度は弁護士立ててるから大丈夫だろうと思ってますと、開廷の時間になってもやってきません。
いったいどうなってるんだと思っていると、2,3分後にばたばたと現れました。
中肉中背、どこといって表現する取り柄のない四〇過ぎくらいのおっさんです。
身なりもとくに外国もののスーツをバリっと着こなして、というわけでもなくごく普通のジャケットとパンツ。表情も、なんとなく眠そうな感じ、という程度で、早い話、胸にバッジさえなければどこにでもいそうな中年管理職という雰囲気です。

で裁判官たちが入ってきて開廷。
今度は三人です。やっぱり三人が席に並ぶとなかなか威厳がありますな、水戸黄門みたいで。
控訴審は三人の裁判官の合議で行う、というのは私予習してましたから、「ははー」なんてひれ伏さずにすみました。
で、その弁護士、開廷すると同時に、やおら立ち上がり、何やら紙を配り始めました。 「証拠の申出書」と書いてあります。
普通こういうのは何日か前に提出しておくのではないのかな。
裁判所ではこういうのもありなのかもしれませんけど、普通の社会じゃ常識を疑われますよね。
それとも私、なめられているのかしらん。
で、その「証拠の申出書」ですが、要するに「これこれの証人を呼びたい」というものでした。
これもちょっとびっくりです。
「証人」なのに、「証拠」と表記するわけでしょ、なんか呼ばれる人に失礼ですよね。
次々に明るみ出る裁判所の不思議・・・・・(ってほどでもないですが)。

で、内容は今回もB4二つ折り二枚切のペラペラのやつです。
先ほど書いたように二人を証人として呼びたいというもので、最初に掲げられている人は全く知らない人でした。名前から見る限り男だとわかるくらいです。
二枚目には彼への「尋問事項」というのも簡単に書いてあって、それには「1本人の職業、経歴について」とありその次に「2、本件建物の原状回復工事をした内容について述べてください」とありますから、この人はおそらく部屋をリフォームした業者だろうという見当がつきます。その他、同じ「2」の中に、「猫による臭気などがありませんでしたか」と書いてます。

笑ったのは次の「3」です。ここには、「乙5から一〇についての説明」と書いてます。「乙5から一〇」というのは、前に書いた大家が出してきた「証拠」ってやつで、例の一枚の見積書を、いきなり「通常」と「ペット飼育のため」っていう二枚に分けて出してきたアレのことです。
この連載でも書きましたように、その後私が思いっきり馬鹿にした内容の書面を裁判所に出したから、「こりゃなんか弁解しないとまずいぞ」と思ったんでしょうね。
で、最後の「4」は、「その他本件に関する一切のこと」とごまかしてます(でもこの表現見たときは、『あ、いい手だ。私もこれでいこ』と思いましたが)。

二人目の証人は、もちろん大家本人です。
これは楽しみですね。これまで話し合いにさえ応じようとしなかったあの大家がついに出てくるわけですから。こちらとしても望むところです。
大家への尋問事項は、「改修にいくらかかかりましたか」とか、まあ予想通りのことですが、一つだけ、次の表現があったことを読者の皆様におかれましては記憶されていてください。
「3、猫の飼育により臭気が残り、第三者に本件建物を貸す際の障害になったことはありませんか」
自らが書いたこの一文のおかげで、後々大家たちは恥をさらすことになります。

で、これを弁護士が配り終えると、真中の裁判長が私に尋ねます。
「この証拠の申出は同意しますか?」
「?」ってなもんですが、どうせ型どおりのことでしょうから「はい」と答えておきました。どっちにしろ、相手が証人立てるなら、こっちも立てる予定ですから、相手を認めないわけにもいかないでしょうし。
すると裁判長がもう一度「認めるんですか?」と気のせいか怪訝そうにききます。
(あれ、認めなくてもいいのかな)と一瞬不安がよぎりましたが、再び「はい」と答えました。
これどういうことかというと、後で知ったのですが、こんな控訴審にもなって相手が超基本的な証拠を申請してきた場合、「証拠を出す時期を逸している」として拒否できるそうなんですね。特に民事訴訟法が改正になってからは、裁判の迅速化という観点からこれが威力を持つようになっているそうです。
まあ、このときはそんなことは知りませんし、それに「大家本人が出てくるなら楽しみだ」という気持ちも強かったので、構いませんでしたが。
この後裁判長が確認します。
「控訴状に対する答弁書は提出済み、と。被控訴人は弁護士は立てずに本人訴訟ということで良いのですね」
「はい」
「では、この後裁判の進め方などについて、まあ和解なども含めてちょっと話し合いたいと思いますが・・・・」

おいおい、また「和解」なの?
裁判所と言うところは本当に「和解」がお好きなようで・・・・。

(続く)