2.すばらしき我が部屋



 私が同期の仲間と共に熊本に赴任したのは91年の春。
 もう桜の季節はとうに過ぎて、石垣をうずめるようなツツジが熊本城を取り囲んでいました。

 さて、意気揚揚たる新人たちが最初にやらねばならないことは、部屋探しです。
 私の会社にも社員寮というものはあるのですが、どういうわけか「最初の赴任地は自分で部屋を探して、家賃も自己負担」という規則があるのです。転勤を経験して初めて社員寮に入れる、という訳ですね。東京が初任地の場合、家賃が払えなくて親から仕送ってもらったなどという情けない話も聞きますが、まあ規則は規則、仕方ありません。
 上司への挨拶もそこそこに、会社が紹介した不動産会社の車に乗り込み、物件めぐりに出発しました。

 私を入れて男2人女1人で、最初はワンルームマンションを中心に回っていたのですが、どうにもワンルームというのは息苦しいものです。一緒に回っていた女性は程なく1Kのマンションを決めたのですが、私ともう1人久本君(仮名ですよ)はなかなか決められません。すると不動産会社「(有)無責任事務所」(仮名ですよ、もちろん)のおばちゃんが言います。
「広い部屋も見てみますか?ちょっと高いけど」

七階建てのそのマンションは、1階に美術書出版社が事務所を構えていて、コンビニや居酒屋が入っているようなマンションとは一線を画した堂々たるつくりです。
 案内された部屋は4階の角部屋でした。東側の窓からは遠く阿蘇の外輪山が一望できます。不動産会社の話では、「リニューアルしたばかり」ということで、3DKの室内はなかなかきれいなものです。明るい・風通しがよい・眺めがよいというこの部屋にこれ以上何を望むのかってなもんで、私達2人は顔を見合わせました。家賃は8万5千円、2人で割ればワンルームよりずっと安い!
 もともと学生時代、久本は寮暮らし、私も友人と2人で住んでいましたから、同居には慣れています。
 問題は男2人の入居を認めてもらえるかです。学生時代もそうでしたが、男二人は嫌われるんですよね、部屋を汚しそうだから。
 「無責任商事」に恐る恐る聞いたところ、「問題ありません」との返事。
 これで即契約です。
 女性の同期が私達を少しうらやましそうに見ていました。

(続く)